鈴木課長は、外部企業でキャリアを積んだ転職組として期待のマネージャーでした。
私と鈴木課長との出会いは、私がその会社で登壇していたとあるセミナーでした。
セミナーが終わり、片付けをしていると鈴木課長は一度セミナールームから帰って行かれたにも関わらず、再び戻っていらっしゃいました。
静かなセミナールームで私は忘れ物でもしたのかなぁと思い 「どうされました?忘れ物ですか?」
そう伺いました。
「いえ・・・。忘れ物ではないのですが・・・・」
少し間を置き、鈴木課長は再び話し始めました
「寺田さん、今日はとても勉強になりました。
少しご相談に乗っていただきたいことがあるのですがお時間よろしいですか?・・・」
時刻は18時半すぎ 就業時間を過ぎているのに熱心な方だなぁと思いながら、その瞳の奥に本当は質問に来るなんて柄でもないけれど、どうしても聞いてみたいことがあるから、仕方なくというのもなんだが、ぜひ話してみたい。見解を聞きたいというような意思を感じ、じっくりお話をお伺いすることにしました。
「もし良かったら、どうぞそこにお座りになってお話しませんか?」
私は夕暮れ時の椅子を半円型に広げたセミナールームの椅子を一つ取り、鈴木課長を促し、鈴木課長とハの字の位置の椅子に座りじっくりと話を聴くこととしました。
「何かありましたか?」
「はい・・・。実はチームメンバーとの関係性に悩んでいます」
「関係性ですか。というと?」
「えぇ・・・。」
少し話ずらそうな様子で5秒ほどの沈黙が流れたのち、鈴木課長は下を向いたままゆっくりと話し始めました。
「自分は外部の企業から中途で入社しました。正直、マネジメント職に自分がなることを考えて入社したというよりは、伸び伸びとした環境で自分の好きな研究を思いっきりしたい。研究で自分の実力を試したい!そういう想いで入社しました。
しかし、蓋を開けてみると、会社はもともと中堅のマネージャーを取りたいと思っていたのだと思います。入社1年もしない間にマネージャーに抜擢されてしまいまして・・・。」
もし、私が鈴木課長の立場だとしたら出世したのだから嬉しいと思い、素晴らしいですね!と言ってしまいそうなところですが、私の固定観念は心にぐっと抑え短い相槌を打ちました。
「そうでしたか。それでどうなりました?」
「はい。自分の仕事に集中できないストレスが溜まり、さらには上司から無理難題を押し付けられたりすることもあり、部下に話しかけられるとつい嫌な顔をしてしまうようになりました。今となっては、部下が誰も自分に相談を持ち掛けなくなりました。これじゃぁまずいなぁと思っていたらとうとう退職者があらわれてしまい、チームは纏まらないし、成果は上がらないし、どうして良いか分からずに、なにも出来ないまま今日に至ります」
「そうですか。それは辛かったですねぇ」
「はい。感情を隠さず表情に出してしまうなんて、社会人として、ましてやマネージャーとして失格だと思います」
「そんな風にお感じになられたんですね」
鈴木課長は、溢れた感情をこぶしの中に握り締め、苦虫を噛み潰すように力なく小さな声で
「はい・・・」
とだけ返事をされました。そこで私は、まずこんな言葉をかけてみました。
「お話いただきありがとうございます。ここ数か月 一人で抱えていらしたんですね。本当によく努力をなさいましたね。」
すると、鈴木課長がふっと顔を上げ、初めて私と目が合いました。私はうなずく代わりに、ゆっくりと小さく瞬きをしました。それを見て少し安心されたのか、再び首を落とし話を続けました。
「仕事ばかりが増えて、人の面倒まで見ないといけないし、疲労困憊です。自分はこんなことがしたかったんじゃない。ただ大好きな研究に没頭出来たら、それだけで良かったんです。それがやりたくてこの会社に入ってきたんです。
なのに自分で考えられることまでも質問してきて、伝えたことも伝わらないし、メモを取らないからすぐに忘れるし、期日を守らないし、期日に間に合っても穴だらけで、正直・・・こっちも限界だったんですよ!」
鈴木課長は咳を切ったかのように日ごろの感情を打ち明けてくださいました。
私はただただ言葉が止まるまで、10分ほど短い相槌を打ちながら鈴木課長の苦悩を聴き続けました。そして粗方話が終わったことを見計らい以下の質問をしました
「ところで、○○さんのされておられる研究ってどんなことに役に立つんですか?」
一瞬「えっ?」という表情を浮かべながらも鈴木課長は、世の中に出ることがあったらこんなことに役に立ち、生活がどうなるかを一生懸命お話してくださいました。そして最後に、
「本当だったら一人で出来ないことはわかっているんです。みんなの力が必要なことは・・・。」
そう一言お話されました。
「そうですか。よく分かりました。とても素晴らしい研究ですね。その商品が世の中に出たとしたら、ずいぶんと助かる方が多く、仕事も楽になりますね」
「はい!そうなんです。だからこのチームに所属出来たことを本当に良かったと思っています」
「そうだったんですね。それではお伺いしたいのですがよろしいですか?」
※私は、聞きたいことがある時に、相手の了解を得ることを心掛けています。
鈴木課長の顔は既に上がっており、私の目をしっかりと見て
「どうぞ」
と手を添えながら、一言仰いました。私は鈴木課長の人に対する丁寧さに感服しながらも話を進めました。
「○○さんは、本当だったらチームがどうなっていたら良いと思いますか?」
私の質問に一瞬考え、そして楽し気に右上を仰ぎながら、そして小さく満足げな息を吐き
「そりゃぁ、チームで一丸となって世の中にこの商品を出せたら良いですね」
私は「そうですか。それから?」と促しました
「世の中に出た暁には、美味しいお酒をみんなと飲めたら良いですね」
「いいですねぇ。他にはありますか?」このやり取りを何度か繰り返した後に、突然鈴木課長は、
「そうだよねぇ」と小さな声を上げました。「どうしました?」と私が促すと
「この商品を世の中に出すためには一人では無理なんですね。仲間の力を借りないと無理なのだとしたら、仲間と連携を取りそれぞれの役割を果たす必要があるんですね。」
そこまで話して、鈴木課長は一息ついて少し不安そうにこう続けました
「そして、私の役割はみんなの仕事を円滑にするということなんでしょう・・・」
まだ、少し不安そうな表情を浮かべる鈴木課長に、私は最後にこう伝えました。
「○○さんはお話の中で今のお仕事の目的に目を向けられたからこそ、小さな世界から思考が一気に殻を破ったんですね。お話をお伺いしている際に、私との丁寧いな受け答えが本当の○○さんだと思います。その様子でメンバーの方々ともお話されてみてはいかがでしょうか?きっと少しずつ氷が解けるように皆さんの心が解けて行かれると思いますよ。」
すると鈴木課長は 「傾聴って本当に大切ですね。ここに来た時は周りがどうして思い通りに動いてくれないんだと思っていました。今は、仲間と共に商品を世の中に出すために、自分は何が出来るか?というように思っています。僕も、メンバーの今の想いに丁寧に耳を傾けることからやってみようと思います。ありがとうございます。」
そう言って、最初より少しだけ軽い足取りでセミナールームを後にされました
こぎ出していく船を見送る気持ちで鈴木課長が帰っていく後ろ姿を見送りました。
このお話はまだ先に続きます→No2へ
さて、何故この方が私にご自身のお話をしてくださったか、あなたは分かりますか?
そのことについてのヒントを以下にまとめておきます
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傾聴の大切さ
このお話の中で、私はほとんどお話をすることはなかったのにも関わらず、鈴木課長はご自身で答えを導き出し少し来た時よりも軽い気持ちでお帰りになりました。
これが正に傾聴の力です。ただただ主観を加える事なく相手のお話を聴くことの大切さと、その効果はコーチである私は肌身で感じています。
そこに必要な質問を置いていくというような感覚でしょうか?
ぜひ、皆さんにお試しいただきたいのは
✓メンバーのお話を固定観念を持たず聴くこと
✓お話する時間をお相手の方の時間だと思って話を聴く
目的の大切さ
今回のお悩みは正に目的に気が付いてからのご本人の気付きがとても大きかったように思います。そして、何より全ての周りで起こっている出来事は自分が起点で起こっているということ。
企業で働いておられる方は、とかく自分が働いている意義を見失いがちです。大きな組織の中で自分が小さな歯車となり、その周りの状況が見えなくなってしまうのです。
重要なことはこの目標は何故達成しなくてはならないのか?その目的とは何か?
ということです。これは経営理念とも通ずるものがありますが、この目的が優秀であり、人として素晴らしい社員の方々の心にしっかりと響くものであるか?ということは経営者として、企業として常に模索し続けなくてはならない大切な部分ではないかと私は考えます。
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